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2013年02月14日

御伽草子 ―鉢かづき―

風が強い日があると花粉が舞い、顔面が辛いですね。

こんにちは、けんたろーです。

今回は日本昔語り、「御伽草子」(おとぎぞうし)を、久々の徒然な時にUpしてみようと思います。


「鉢かづき」

鉢かづき

 それほど遠くない昔の事です。河内の国、交野(大阪府枚方市・交野市一帯)のあたりに、備中守実隆(びっちゅうのかみさねたか)という人がいました。教養のある豊かな人で、夫婦の仲もむつまじく、幸せに暮らしていました。ただ、子供のいない悲しみがありましたが、ある時、姫君がようやく生れました。両親は大喜びして、その幸せを観音に祈り、無事に月日が流れていきました。
 ところが、姫君が13歳になった年、母が風邪をこじらせて重体になり、臨終の床で姫君の髪を撫でながら「ああ、かわいそう。この子が17、8になったら、立派な所に嫁がせ、安心したかったのに、こんな幼い身でこの世に残して私が死ぬとは。あまりのことだ」と、姫君ともども泣き続けます。そして、母は涙をこらえて、そばにあった手箱に何かを入れて姫の髪に載せ、その上に肩のあたりまで覆うほどの大きさの鉢をかぶせた上で、
「さしも草深くぞ頼む観世音誓いのままに抱かせぬる」
(ひたすらお頼り申し上げます。どうか、私たちをお救い下さる観音様のご誓願を信じ、我が子に鉢をかぶせました。〈さしも草〉はヨモギを指しましたが、ここでは全ての生き物の意。観音の救いの対象です)
と、辞世の歌を詠んでこの世を去りました。
 父は悲しみの中で、姫の頭から鉢を取り除こうとしますが、どうしても出来ません。母に先立たれたばかりか、その遺志によって異様な姿とされた姫を、父はあわれに思いますが、どうしようもなく、嘆き悲しむばかりでした。亡き人の弔いが行われていく内に、季節は移っていきますが、姫のいるあたりの悲しい空気は変わりません。しかし、父はいつまでも独身のままでいるわけにもいかず、やがて縁談がおこり、再婚のはこびが進むにつれて、亡き母は忘れられていきました。ひとり、姫君だけが、相変わらず、悲しみに沈んだままでした。その内に継母に子が生まれます
 継母は元々前妻の残した姫が憎くてならなかったのですが、我が子が生まれてからますますそれがひどくなり、父に対して姫の悪口を言うので、それを知った姫はますます辛くなり、いっそ死んでしまおうかとさえ思うようになります。当初は自分が死ねば父はどれほど悲しむだろうと思い、死を避けていたのですが、継母の子が産まれてからは、自分が死んでも父はそれほど悲しまないで済むだろうと思うようになってきます。それで、いっそのこと、早く世を去って極楽で再開したいと、亡き母の墓前で泣く泣く思いを述べますが、答えは返ってこず、しかも継母にそれを知られてしまいました。継母は嘘を交えて、姫の思いを父に度々取り次いだので、それを真に受けた父は怒り、ついに追放を申し渡します。継母はこれを大変喜び、脇を向いて忍び笑いしていました。
 そして、姫を引き寄せ、身に着けていた物を全て剥ぎ取り、みすぼらしい下着姿にして野原の中の四つ角になっている所に置き去りにします。姫は、途方に暮れて泣くばかりでしたが、やがて、当てもなく歩き始め、やがてたどり着いた川のほとりで絶望し、水の中に身を投げてしまいます。しかし、頭を覆う鉢が浮いて沈むことが出来ません。その様を見て不思議に思った漁民に救われ、陸に戻されます。そして、再び姫は歩き始めました。姫は絶望の中で自分の力で生きる道を見つけようとしているのですが、道行く人々はその姿を不思議がり、「化けものかもしれないが、それにしても、わずかに見える手足のなんと美しい事よ」とびっくりします。
 この地の国司、山影の三位の中将(やまかげのさんみのちゅうじょう)という人がいました。彼はたまたまあたりの景色に見とれていて、姫の不思議な姿を目にします。さっそく若侍たちに連れて来させて身の上の話を聞き、同情して鉢を取り除いてやろうとしますが、どうしても出来ません。人々は化け物と思い込んで嘲り笑うだけでしたが、中将は彼女をあわれみ、自分のもとに置いて働かせようとします。尋ねてみると、古典などについての教養が豊かな事はすぐに解りましたが、雑用ができない事も明らかなので、使い道に困って、湯殿で火を焚き、行水の世話をさせることにしました。経験のない仕事でしたが、姫はやむをえず、何とか取り組んでみます。しかし、鉢を被った姿のため、化け物と思い込んでいる人々は誰も同情せず、こき使うばかりでした。

鉢かづき

 こうして、また別の辛い環境に身を置いた姫は、苦しさに堪えるわが身の上を、
「苦しきは折りたく柴の夕煙憂き身とともに立ちや消えまし」
(ここで自分が焚いている煙が空に消えていくように、我が身も消えてなくなるのではないか、というような意味です。生きていけるのかどうかわからなくなった彼女の心細い気持ちがここに表されています)
と、歌います。

 果たして姫が幸せを手に入れるかどうか、また、もっと辛い事が色々待っているのではないか。姫の人柄や美しさ、これまでの数々の不運はいかがなものか。「鉢かづき」の物語はまだ半分までも来ていませんが…その後の成り行きはそのうちまたの機会に〜。

                      (参考文献:社会法人論理研究所「新生三月号」)




〜補足〜
「御伽草子とは?」
 室町時代から江戸時代初期にかけて子女を対象につくられた短編の物語の総称です。「御伽(おとぎ)」とは「お相手」の意で、退屈を慰める話し相手の事。御伽草子はつれづれを慰めるため自分で読んだり、人に読み聞かせて楽しんだ物語です。多くは絵巻や絵本の形に仕立てられ、絵と文両方で楽しめる形式となっていました。内容は公家物・武家物・宗教物・庶民物・異類物・異国物の六種にわけられます。


posted by 香取神社 at 15:21| 神社所作と知識 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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