タイトルにございますように「こち亀」で有名な葛飾区亀有に鎮座する香取神社の公式ブログです。
我々ではホームページを更新できませんので、
このブログにて亀有香取神社の日々のちょっとした出来事、
細かなご報告ご案内等を更新していきたいと思います。
たまに神主や巫女の私事も書く事がございますが、
そこはもっと我々神主巫女をみじかに感じて頂きたく、何卒ご理解下さいませ。
現在は神主5人、巫女2人、事務方2人の8人体制でランダムに更新しております。


現在当亀有香取神社では公式Facebookを開設しております。
ブログではなかなか更新しきれない細かなご報告や写真など随時更新しておりますので、
是非ご覧下さい!
↓↓↓↓↓↓↓
亀有香取神社公式Facebook




2016年08月15日

【お神輿はなぜ町を練り歩くのか】

立秋が過ぎて一週間が経過しましたが、まだまだ暑いですね。

さて、お祭りもいよい一ヶ月前となりました。今年は本祭なので、当神社の宮神輿も9月18日に亀有の地を廻ります。しかし、なぜお神輿が町を巡るかご存知でしょうか。
お神輿の巡幸については諸説ありますが、わかり易く表現するのであれば神様の「視察」です。普段、神様はお社にいらっしゃいますが、年に一回程、お神輿にお乗りになり、守っている土地の様子や人々の暮らしを直接ご覧になるのです。これが亀有では9月の例大祭に行われるのです。

●宮神輿諸祭儀日程
9月17日 午後8時半 宮神輿御霊入れ神事
9月18日 午前8時〜午後5時 神幸祭(亀有全域)宮神輿町内巡幸

DSC_0293.JPG
posted by 香取神社 at 18:22| 神社所作と知識 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年07月04日

小さなお社

神社にお参りをすると、大きな本殿以外に小さなお社を見かけることがよくあります。それらは摂社・末社と呼びます。明治時代から戦前までは摂社・末社の分類には決まりがありました。摂社は神社の主祭神のお后や子ども、主祭神にゆかりのある神が祀られました。末社はそれら以外の神が祀られました。

神社にお越しになった時には、ぜひ小さなお社にもお参り下さい。
道祖神 足腰健康.JPG
posted by 香取神社 at 18:01| 神社所作と知識 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年06月27日

手水のお話

今日は梅雨の晴れ間になり、大変暑い日なので熱中症にはお気を付け下さい。

さて、神社に参拝すると参道のすぐそばに必ずといっていいほど、水をため、手を洗う場所があります。この施設を手水舎(てみずしゃ)と呼びます。
 手水舎ではまず、柄杓を取り、左手、右手、口をすすぎ最後にもう一度左手を水で流します。口をすすぐ際には柄杓から左手に水を溜めて行います。柄杓から直接口に水を含むのはいけませんので、気をつけましょう。
手水.JPG
posted by 香取神社 at 14:31| 神社所作と知識 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年12月04日

来年は羊さん


未(ひつじ)

早いもので師走に入り今年も残すところあとわずかとなりました。
来年の干支は「未(ひつじ)」です。
古来より羊は群れを成すことから家族の安泰や平和のシンボルとして親しまれてきました。
今年は自然災害が多発した年でしたが、来年は羊の性格のようなな穏やかな一年でありますように祈念いたします。


posted by 香取神社 at 12:45| 神社所作と知識 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年05月20日

【How To】お祓いなど御祈願の流れ

社殿正面

【How To】

亀有香取神社のお祓いの流れ

祈願受付時間「AM9:00〜PM17:00」、30分毎「全17回」のご案内

※駐車場有り

※待合わせやお祓い時間までの控室あり




@.まずは、お祓いを受ける日時を決める
※今日受ける(予約なし)「Bへ」 or 後日受ける(予約する)「Aへ」



A.亀有香取神社「03−3601−1418」に予約の電話をする



B.亀有香取神社の社務所へ行き受付をする(予約した方は予約した時間に)

※ここからは神社が案内します



C.神主巫女が社殿や時間前であれば控室に案内します



D.お祓いを受ける



E.お祓いが終わり、おさがりを受ける



F.おさがりの中にある絵馬を書く



おわり。





という流れになります。

@で予約なしで受ける方でも電話を頂ければ当日予約や空いているか確認が出来ます。

電話で簡単予約が出来ますのでまずは03−3601−1418にお電話下さい。

posted by 香取神社 at 10:32| 神社所作と知識 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年04月03日

今日の亀有香取神社さん 一拍手目


こんにちは、けんたろーです。

午前中は雨風が強く境内(けいだい)が荒れていました。
夕方になり雨は止みましたが、風が吹いている状態です。


さて、気まぐれ更新ではございますが、亀有香取神社の様子をUPしていこうと思います。

私自身のカメラの撮影テクニック向上も含め、「直感気まぐれの半々」で神社内を撮っていきます。

最低限のルールとして、その日に撮った写真をUPする
過去に撮りためた写真を日々にわけてUPではなく、今日その日の撮りたての写真を上げていきます。
日本は四季が美しく、境内には四季を感じさせやすい樹木が沢山あります。
少しでも過去の写真と比べて変化が観れるといいですね。
(気まぐれなので樹木が毎回写るとは限りませんが・・・)


早速の気まぐれアングル(今日は三枚)

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いかがでしょうか?

祈念すべき一枚目は神社の主である御社殿を写すと思われるでしょうが・・・・
(撮影した順番は見事に上から1,2,3枚連続です)
私の気まぐれは具合がお分かりいただけましたでしょうか。

暇な時間に思い出したようにブログを開いてみてください。
もしかすると更新されているかもしれません。


今日も健康第一。
posted by 香取神社 at 17:40| 神社所作と知識 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

●安産祈願、戌の日って?

安産祈願絵馬.JPG


今日は戌の日(いぬのひ)。

こんにちは、けんたろーです。

よく耳にするかと思われます「戌の日(いぬのひ)」


安産祈願(あんざんきがん)」は妊娠五ヶ月目の「戌の日(いぬのひ)」に、ご自身がお住まいの地域の神さま「氏神様(うじがみさま)」へと、母子共に安らかで健やかなお産でありますよう祈願します。
また「着帯の祝い(ちゃくたいのいわい)」として「岩田帯(いわたおび)」という「腹帯(ふくたい:はらおび)」をお腹に巻いてお祝いをします。

また「戌」は日ごとの十二支で戌にあたる日を戌の日とされています。
では何故戌の日を選ぶ風習になったのでしょうか?
それは犬のお産が極めて軽く、一度にたくさんの子供を産むことにあやかっているのです。
また岩田帯(腹帯)を巻くのは、母体を冷えから守り大きくなったお腹と胎児を保護します。
しかし現在においては様々な形の帯、ガードルなどがありますのでご自身に合ったものをお使い頂くのが肝要です。
なので当社で授与致します岩田帯は、どうぞ御守代わりとして無事お産が済みますまで大切にご自宅にてお持ち下さい。
まずは氏神さまのご加護を頂いて子宝に恵まれたことに感謝し、またお授かりになったお子様が健やかにお生まれになるようお参りをしましょう。
どんなに医療が発達した現代においても、妊娠中、出産はママの負担は大きいものです。
今も昔も親が授かったお子様への愛情というものは変わるものではありません。



どうぞ心身共に安らかで健やかなお産をお迎え下さい。



かしこみかしこみ。

posted by 香取神社 at 09:36| 神社所作と知識 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年03月12日

御伽草子 −鉢かづきー(弐)

とても風が強く境内は砂塵が勢いよく舞っています。
しかし暖かい…

こんにちは、けんたろーです。


前回「鉢かづき」の続きです。

鉢かづき

幸せな家に生まれた美しい娘が、母の死で不幸な身の上になり、観音への信仰に根ざす母のある思いによって、頭を鉢で覆われた姿とされたため、物語の中で「鉢かづき」と呼ばれることになりました。彼女がその悲しみに沈んで歌を詠むところまでが前回でした。




――――――その後のなり行きが以下となります―――――――――



鉢かづきを召使い、湯屋の仕事をさせた中将には息子が四人いました。上の三人はすでに妻を持っていましたが、末の子は独身でした。宰相の身分ですが、まだ部屋住みなので、「御曹司」と呼ばれていました。光源氏(ひかるげんじ)や在原業平(ありわらのなりひら)に例えられるほどの美男子です。ある日彼はひとり遅れて湯殿に入り、世話をしてくれる鉢かづきの声や手足の美しさに惹かれて背中を流させました。そして、鉢かづきの魅力を感じとって恋に落ちます。〈自分の住む河内の国はもとより、去年出掛けた都でも見たことのないほどだ〉。そのように思って御曹司は鉢かづきを口説き、変わらぬ愛を誓って、二人は結ばれます。もちろん、鉢かづきも御曹司に惹かれたのです。
 御曹司は、鉢かづきには他の男との仲もあるかもしれないとふと思って尋ねると、鉢かづきは、そのような相手はないものの、亡くなってしまった母の事が心に掛かっていると答えます。そのあわれな答えに対して御曹司は、鉢かづきの悲しみに同情している自分も孤独で寂しい身であり、こういう自分たち二人が結ばれたのは縁があってのことだから、これからも思いは変わらないと約束します。鉢かづきはそれでも不安が消えず、むしろ、〈もしも別れなければならなくなったらどうしよう〉と、その時の悲しみを思い描き、ますます悩みますが、御曹司は励まし、その後、夜はもとより、時には昼も通ってきて、寂しい時の慰めにと柘植(つげ)の枕と横笛を置いていきました。
 その時鉢かづきは、自分の姿を恥ずかしく思って泣くばかりでしたが、そのあわれな様子がまたかわいらしく、はっきり顔が見えないのに、なぜこのように心惹かれるのかと不思議で、何とか鉢を取り除いて、鉢かづきの顔を見て美しさを確かめたいという思いが強くなるばかりでした。
 二人はそれぞれ、共に過ごすことを願い、ひとりでいる辛さがつのって行きますが、ある明け方、早い時間に湯を沸かすようにと言われて火を焚きながら、煙が御曹司のいる方向になびいていくのを見て、鉢かづきは歌を口ずさみます。「苦しきは折りたく柴の夕煙恋しき方へなどなびくらん」(苦しい思いで柴を折って焚き、煙が恋しい人の方になびいていくのはなぜだろう。煙が私の気持ちに添っているのか)
 湯殿の管理をしている男がそれを聞いて、〈この屋敷にいるどの女よりも鉢かづきは慕わしいが、あの異常な頭の女と親しくなれば、人にも笑われ、自分としても恥ずかしい〉などと思いました。とても、もっともなことです。
 ある春の夕暮れ、鉢かづきが御曹司のおとずれを待ちながら、恋しい思いを歌っていると近くにいた御曹司はそれを聞いて、歌で返事をします。これでお互いに思いが強くなった二人はさらに契りを深めます。こんな事が重なり、二人の仲は広く人に知られてしまいました。誰もが二人の仲にあきれ、非難しましたが、特に御曹司の母親がこれを案じて、乳母に事実かどうか調べさせます。乳母は、早速御曹司に会って、「もしも噂が本当ならば、父上がそれを聞きつける前に鉢かづきを追い出せと母上が仰っています」と伝えますと、御曹司は「そう言われるのはかねてからの覚悟していた。自分たちが結ばれたのはそれなりの運命によるものだから、それに従って自分たちは一緒になる。その為に命を失う事になっても、鉢かづきの為ならば、惜しくない。もし彼女と一緒に追い出されるなら、どこに行く事になっても構わない」と言い切って、自分の住んでいた部屋から、湯殿に近い所にある小屋に入ってしまいました。湯を沸かすのに用いる柴を積み重ねて入れておく粗末な小屋ですが、御曹司は少しもためらいませんでした。
 それまでは、人目を気にしていましたが、乳母と会って自分の思いを述べてからは、御曹司は、一日中、鉢かづきとともに過ごすようになりました。それを怒った兄たちが「自分たちがいる所に入らせない」と言いますが、困る様子もなく、ますます御曹司は人目を気にせず、鉢かづきのいる所に通ってくるのでした。
 


 惹かれあった男女を周りが引き離そうとするのは、いつの世も難しく、そうすればするほど、愛し合った者の絆は強くなるものですが、この場合もその一つです。しかし、美しい人ではありますが、鉢かづきは頭に鉢を被っているので、それが解決しなければ、二人が幸せになれるかどうかが解りません。貴族の子である御曹司が、鉢かづきへの愛情だけで無事に生きていけるはずもなさそうです。今後の二人の前にどのような運命が開けていくのでしょうか。
 さてさてまた次回へ―――――――――


(参考文献:社会法人論理研究所「新生四月号」)
posted by 香取神社 at 10:50| 神社所作と知識 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年03月05日

暮らしの中の神々

暖かくなってきたのではないでしょうか。

こんにちは、けんたろーです。

私たちにとって「神さまとはどういうご存在なのだろう」と考えたことはないでしょうか。

近くの神社にお参りすると、由緒書きがあって神社の歴史が記されています。
それを読むと神社によって御祭神が違う事に気づくはずです。
例えば、神話に登場する神様であったり、歴史上の人物であったり、郷土の偉人であったりと…。
また、山や岩などの自然物に神々のお働きを感じとり、それを崇めている場合もあります。
ビルの屋上や大都会のビルの谷間の小さな祠。そして何よりも家庭では神棚をおまつりして、家庭の中に神々の存在を身近に感じて生活をしています。
神まつりとは、祖先の恩に感謝し、そして日々「生かされている」事への感謝を捧げる祈りであり、日常生活の中に人が生活するうえでの道徳や、礼儀礼節の畏敬と感謝の心をも育む祖先の知恵でもあります。


日本人の暮らしの中に生き続けている神棚まつりという伝統文化を、日本人の総氏神と称される「神宮大麻(じんぐうたいま)」と、地域の守護神である「氏神様(うじがみさま)」の奉斎を通じて、守り伝えていきたいものです。


天照 香取 竈土神札.JPG

簡単に参考までに
右:天照皇大神宮(アマテラス)
中:香取神社(氏神様)
左:竈土大神(台所、火の元の神様)


posted by 香取神社 at 12:01| 神社所作と知識 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年02月14日

御伽草子 ―鉢かづき―

風が強い日があると花粉が舞い、顔面が辛いですね。

こんにちは、けんたろーです。

今回は日本昔語り、「御伽草子」(おとぎぞうし)を、久々の徒然な時にUpしてみようと思います。


「鉢かづき」

鉢かづき

 それほど遠くない昔の事です。河内の国、交野(大阪府枚方市・交野市一帯)のあたりに、備中守実隆(びっちゅうのかみさねたか)という人がいました。教養のある豊かな人で、夫婦の仲もむつまじく、幸せに暮らしていました。ただ、子供のいない悲しみがありましたが、ある時、姫君がようやく生れました。両親は大喜びして、その幸せを観音に祈り、無事に月日が流れていきました。
 ところが、姫君が13歳になった年、母が風邪をこじらせて重体になり、臨終の床で姫君の髪を撫でながら「ああ、かわいそう。この子が17、8になったら、立派な所に嫁がせ、安心したかったのに、こんな幼い身でこの世に残して私が死ぬとは。あまりのことだ」と、姫君ともども泣き続けます。そして、母は涙をこらえて、そばにあった手箱に何かを入れて姫の髪に載せ、その上に肩のあたりまで覆うほどの大きさの鉢をかぶせた上で、
「さしも草深くぞ頼む観世音誓いのままに抱かせぬる」
(ひたすらお頼り申し上げます。どうか、私たちをお救い下さる観音様のご誓願を信じ、我が子に鉢をかぶせました。〈さしも草〉はヨモギを指しましたが、ここでは全ての生き物の意。観音の救いの対象です)
と、辞世の歌を詠んでこの世を去りました。
 父は悲しみの中で、姫の頭から鉢を取り除こうとしますが、どうしても出来ません。母に先立たれたばかりか、その遺志によって異様な姿とされた姫を、父はあわれに思いますが、どうしようもなく、嘆き悲しむばかりでした。亡き人の弔いが行われていく内に、季節は移っていきますが、姫のいるあたりの悲しい空気は変わりません。しかし、父はいつまでも独身のままでいるわけにもいかず、やがて縁談がおこり、再婚のはこびが進むにつれて、亡き母は忘れられていきました。ひとり、姫君だけが、相変わらず、悲しみに沈んだままでした。その内に継母に子が生まれます
 継母は元々前妻の残した姫が憎くてならなかったのですが、我が子が生まれてからますますそれがひどくなり、父に対して姫の悪口を言うので、それを知った姫はますます辛くなり、いっそ死んでしまおうかとさえ思うようになります。当初は自分が死ねば父はどれほど悲しむだろうと思い、死を避けていたのですが、継母の子が産まれてからは、自分が死んでも父はそれほど悲しまないで済むだろうと思うようになってきます。それで、いっそのこと、早く世を去って極楽で再開したいと、亡き母の墓前で泣く泣く思いを述べますが、答えは返ってこず、しかも継母にそれを知られてしまいました。継母は嘘を交えて、姫の思いを父に度々取り次いだので、それを真に受けた父は怒り、ついに追放を申し渡します。継母はこれを大変喜び、脇を向いて忍び笑いしていました。
 そして、姫を引き寄せ、身に着けていた物を全て剥ぎ取り、みすぼらしい下着姿にして野原の中の四つ角になっている所に置き去りにします。姫は、途方に暮れて泣くばかりでしたが、やがて、当てもなく歩き始め、やがてたどり着いた川のほとりで絶望し、水の中に身を投げてしまいます。しかし、頭を覆う鉢が浮いて沈むことが出来ません。その様を見て不思議に思った漁民に救われ、陸に戻されます。そして、再び姫は歩き始めました。姫は絶望の中で自分の力で生きる道を見つけようとしているのですが、道行く人々はその姿を不思議がり、「化けものかもしれないが、それにしても、わずかに見える手足のなんと美しい事よ」とびっくりします。
 この地の国司、山影の三位の中将(やまかげのさんみのちゅうじょう)という人がいました。彼はたまたまあたりの景色に見とれていて、姫の不思議な姿を目にします。さっそく若侍たちに連れて来させて身の上の話を聞き、同情して鉢を取り除いてやろうとしますが、どうしても出来ません。人々は化け物と思い込んで嘲り笑うだけでしたが、中将は彼女をあわれみ、自分のもとに置いて働かせようとします。尋ねてみると、古典などについての教養が豊かな事はすぐに解りましたが、雑用ができない事も明らかなので、使い道に困って、湯殿で火を焚き、行水の世話をさせることにしました。経験のない仕事でしたが、姫はやむをえず、何とか取り組んでみます。しかし、鉢を被った姿のため、化け物と思い込んでいる人々は誰も同情せず、こき使うばかりでした。

鉢かづき

 こうして、また別の辛い環境に身を置いた姫は、苦しさに堪えるわが身の上を、
「苦しきは折りたく柴の夕煙憂き身とともに立ちや消えまし」
(ここで自分が焚いている煙が空に消えていくように、我が身も消えてなくなるのではないか、というような意味です。生きていけるのかどうかわからなくなった彼女の心細い気持ちがここに表されています)
と、歌います。

 果たして姫が幸せを手に入れるかどうか、また、もっと辛い事が色々待っているのではないか。姫の人柄や美しさ、これまでの数々の不運はいかがなものか。「鉢かづき」の物語はまだ半分までも来ていませんが…その後の成り行きはそのうちまたの機会に〜。

                      (参考文献:社会法人論理研究所「新生三月号」)




〜補足〜
「御伽草子とは?」
 室町時代から江戸時代初期にかけて子女を対象につくられた短編の物語の総称です。「御伽(おとぎ)」とは「お相手」の意で、退屈を慰める話し相手の事。御伽草子はつれづれを慰めるため自分で読んだり、人に読み聞かせて楽しんだ物語です。多くは絵巻や絵本の形に仕立てられ、絵と文両方で楽しめる形式となっていました。内容は公家物・武家物・宗教物・庶民物・異類物・異国物の六種にわけられます。
posted by 香取神社 at 15:21| 神社所作と知識 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年01月28日

厄年と厄除け


間もなく一月も終わろうとしております。

早いですね…


こんにちは、けんたろーです。



亀有香取神社では厄年の方でなくても、厄除けを受け付けております。

御祈祷時間
9時00分〜17時00分にて30分ごと全17回行っております。

簡単に電話での予約も出来ます。
亀有香取神社
03−3601−1418


25年 厄年表.jpg


厄年(やくどし)

全国的に厄年(やくどし)は、数え年で男性25歳42歳61歳女性が19歳33歳37歳を言い、
これらの年齢を、体力的にあるいは家庭環境的に転機にあたる災厄の多い年と考え、忌慎んでいます。
男性42歳と女性33歳を大厄(たいやく)として特に意識することが多いです。
※異なる年齢を考えている所もあります

厄年には社寺(しゃじ)に参詣(さんけい)して厄払いをしてもらうほか、
親戚知己(しんせきちき)を招いて共同飲食をしたり、他人にものを分かち与えて、厄を逃れようとします。
ここにも、神の加護と人々の協力によって生命を強化し、危機的状況に置かれていると考える厄年の人が、
共食によって多くの人々の霊的力を獲得し危機を乗り切ろうという考えもあります。
これには、人を招いて馳走する場合と、1月15日小正月(こしょうがつ)などに他家を訪れて、
餅などを貰い歩く場合とがあります。
物の分配は、自分の身につけている物や餅や銭などを、神社や道の辻や橋際などで撒いたり、
人知れず落として置いたりして、他の人に拾ってもらい、わが身の厄を分散しようという考えです。

また、厄年には、災厄の多い年という意味ではなく、
神事に積極的に参加するための役、をつとめる年だとする説もあります。



〜追伸〜

さて、今回は簡単に厄年についての一説をあげてみました。
意識なくいつの間にか厄年を過ぎていたりすることもありますね。
厄払いだけでなくお守りを受けていく方も多くいらっしゃいます。
皆様の良い運気のきっかけになればと思い神社神主巫女一同奉仕しております。

一番は何事もなく、只々日々を過ごせることに感謝です。



かしこみかしこみ。



posted by 香取神社 at 13:37| 神社所作と知識 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年12月19日

人生儀礼「七五三」


銀杏の実を踏まずに境内を歩けない日々。

こんにちは、けんたろーです。


簡単ではございますが今回も人生儀礼パートです。

以下。

日本人は物事の節目に神社にお参りしたり、わが家に神様を迎えておまつりしたりと、
神様との関係を大切にして生活を営んできました。
子ども達の健やかな成長を祈る「初宮詣(はつみやもうで)」や「七五三詣(しちごさんもうで)」、
神前結婚式(しんぜんけっこんしき)」、「厄除(やくよけ)」など、
人生の節目に行う祭りを「人生儀礼(じんせいぎれい)」といいます。

日本人にもっとも身近な神様との出会いの場、
そんな人生の祭り「人生儀礼」についての記事。

〜〜 ここまでは定型文 〜〜


今回も殆どの方が経験していると思われる、
初宮詣(はつみやもうで)」に続き、「七五三(しちごさん)」について


●七五三(しちごさん)

七五三は三歳の男女児、五歳の男児、七歳の女児が家族揃って神社へとお参りし、
これまでの成長を氏神様(うじがみさま)に感謝、奉告をしてお子様の更なる健やかな成長のご加護をいただくよう祈願します。
七五三の祝いは三歳の「髪置(かみおき)」、五歳の「袴着(はかまぎ)」、七歳の「帯解(おびとき)」が由来とされ、
髪置(かみおき)」は男女児共にそれまでは剃っていた髪の毛をこの日の祝いを境に伸ばし始めたとされます。
袴着(はかまぎ)」はこの年齢の男児が袴を着け始めることに由来します。
帯解(おびとき)」はこの年齢の女児がそれまで付け紐で着ていた着物から、帯でしめる着物に替えたことに由来します。
七五三に欠かせない千歳飴には、子供の幾久しい健やかな成長を祝い願って、千歳飴と名付けられています。


御祈願風景.JPG

↑七五三やお宮参りの御祈願風景



また、当社ではお子様の思い出になる様、オリジナルの千歳飴袋、御守、記念品をご用意しております。



皆さんは子どもの頃、七五三の記憶は残っていますか?

普段あまり感じない雰囲気によって怖くて泣いてしまったり、
退屈のあまり「もう終わり?終わり?」と連呼してしまったり、
パパやママ、お爺ちゃんやお婆ちゃんのマネをして静かに座っていたり、
何故か元気がみなぎってきて走り回ったりと。


また、最近は女の子は三歳と七歳、男の子は五歳の七五三が多いですが、
上記の記事の通り、男の子も三歳の七五三を行っております

亀有香取神社では一年中七五三を受け付けております。
また、七五三のお祭りが終わり次第記念撮影ができます。
是非カメラを持参して、少しでも多くの思い出の軌跡を描いて下さい。




かしこみかしこみ。


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posted by 香取神社 at 10:35| 神社所作と知識 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年12月05日

人生儀礼「初宮詣」「お宮参り」


師走。

こんにちは、けんたろーです。


日本人は物事の節目に神社にお参りしたり、わが家に神様を迎えておまつりしたりと、
神様との関係を大切にして生活を営んできました。
子ども達の健やかな成長を祈る「初宮詣(はつみやもうで)」や「七五三詣(しちごさんもうで)」、
神前結婚式(しんぜんけっこんしき)」、「厄除(やくよけ)」など、
人生の節目に行う祭りを「人生儀礼(じんせいぎれい)」といいます。

日本人にもっとも身近な神様との出会いの場、
そんな人生の祭り「人生儀礼」についての記事。




今回は殆どの方が経験していると思われる「初宮詣(はつみやもうで)」について


●初宮詣(はつみやもうで)

無事お子様がお生まれになりますと「産湯(うぶゆ)」に浸かります。
産湯とは「産土様(うぶすなさま)」(生まれた土地の神様)がお守りする土地の水の事で、お子様を清めて生命の発展を祈ります。
そして男児は生後31又は32日目女児は生後33日目に、
お宮参り(おみやまいり)」「初宮詣(はつみやもうで)」をします。
生まれた日から1日と数えます。

お宮参りは氏神様(うじがみさま)へお参りして、神さまのご加護によりまして出産という難儀を終えて無事にお子様が誕生された事のご奉告を行い、お子様の健やかな成長のご祈願を致します。
お宮参りを済ませる事によってお子様は一人の新しい氏子(うじこ)として認められ、氏神さまの祝福をいただきます。
そしてお子様のこれからのご生活におきましても氏神さまのご加護を仰ぎ戴きまして、明るく健やかな日々をお過ごしになるのです。

ひらめき現在ではお参りの日付はあくまで基準となるものですので、
お子様のご体調に合わせまして良い日を選んでお参りをします。

他にも生後七日目に「お七夜(おしちや)」と言って、生まれた子どもに名前をつけたり、
生後百日前後になれば、食べ物に困らないようにと願い、お膳を用意し食べる真似事をする、
お食い初め(おくいぞめ)」「御百日の祝い(ももかのいわい)」を行ったりします。

初宮詣.JPG



さて、人生儀礼パートは何回かに分かれて更新していこうと思います。
いつ更新されていくかは神のみぞ知る。



かしこみかしこみ。

posted by 香取神社 at 16:02| 神社所作と知識 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年12月02日

修祓(しゅばつ)

空気が乾燥してお肌が…云々……



こんにちは、けんたろーです。


前回は6月と12月に行われる大祓(おおはらえ)について記事をUPしました。

今回は大祓にちなんで、修祓(しゅばつ)について。


分かりやすく例えるならば「大祓」を簡略化したのが「修祓」になります。
修祓はお宮の中で祭典(さいてん)を行うにあたり、参列者(さんれつしゃ)の心身についた罪穢れを祓う行事です。
前回の大祓と目的は一緒です。

内容は、神職(しんしょく)が参列者の罪穢れが祓われることを神様にお願いする「祓詞(はらえことば)」を奏上します。
次に神職が「(あん)」という机状の台の上におかれている、
大麻(おおぬさ)」や「塩湯(えんとう)」などでお祓いをします。

DSC_10610.JPG

※右に移っている白いモシャモシャしているのが大麻です

神様にお祈りする時に捧げる物や、罪を祓う時に差し出すものを「(ぬさ)又は(ぬさ)」と言います。
幣には主として、「木綿(ゆう)」や麻などの布が用いられました。
紙垂(しで)」も幣の一種です。

修祓の際の祓詞には、死者の世界である黄泉の国から帰ってきたイザナギノミコトが、
心身に着いた穢れを祓う為に阿波岐原(あわきはら)で禊祓(みそぎはらえ)を行った神話が読み込まれています。
つまり、身に付けていたものを脱ぎ祓うことによる祓え(大麻を振る)と、海水に身を浸す禊(塩湯で祓う)を行ったわけです。
神様をお祭する祭事はこの修祓から始まり、神職はじめ参列者、また神様へのお供えまで、神前に出るもの全て修祓を受けます。
祓えには大麻の他に、紙や布を細かく切った切幣(きりぬさ)や人形(ひとがた)、米などを用いる場合もあります。

亀有香取神社は大麻を使用した修祓を行っております。


また、七五三や厄除のお祭りだけでなく、お賽銭にお金を入れてお参りをする際にもお清めがあります。
それが手水を取るという流れになります。

上記の「手水の仕方」にも出ている「(みそぎ)」も同じ清めになります。


何事も清めると気持ちがよいですね。


風邪やインフルエンザの流行る季節でもございます。
外出から帰宅した際は、手洗いうがいを行って風邪の予防にお勤め下さい。

これもお清めですね。


かしこみかしこみ。


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2012年10月30日

罪と穢れ(つみとけがれ)




夕方17時を過ぎれば陽が落ちている時期になってきましたね。

こんにちは、けんたろーです。


皆様は「大祓(おおはらえ)」という神事をご存知でしょうか。

多くの神社では、6月30日と12月31日に大祓(おおはらえ)という神事が行われています。
大祓は一年を二期に分けて、半年の間に知らず知らずのうちに犯した罪や、
積もり積もった心身の穢れ(けがれ)、また災いを消滅し正常な本来の姿を取り戻す為の祭祀(さいし)です。
また、これから犯すであろう罪などを祓う意味もあります。
この神事によって平穏無事な生活を願うことになります。

 日頃の祭典(さいてん)でも、必ず修祓(しゅばつ)があります。
お祓いによって罪穢れ(つみけがれ)を取り除き、清らかな姿となって神様と対面となります。
大祓は、お祓いそれ自体が独立した祭祀となって執り行われます。

 大祓では、神職が古くから伝わる大祓詞(おおはらえことば)を奏上(そうじょう)し、
氏子崇敬者(うじこすうけいしゃ)は麻(あさ)と紙を小さく切った切麻(きりぬさ)を身体にまいて清め、
紙を人の形に切った人型(ひとがた)で身体をなで、息を吹きかけます。
こうして人の罪穢れを付着させた人形は、後で海や川に流されたり、お焚き上げされたりします。

 人形は「形代(かたしろ)」や「撫物(なでもの)」とも呼ばれます。形代に姓名と年齢を書き、
息を吹きかけて神社へ持って行き、お祓いをしてもらうという神社もあります。

 6月の大祓は「夏越の祓(なごしのはらえ)」や「名越の祓(なごしのはらえ)」、
また「六月祓(みなづきのはらえ)」などとも呼ばれ、
12月の大祓は「年越しの祓(としこしのはらえ)」や「師走の祓(しわすのはらえ)」とも呼ばれます。

 参道(さんどう)に茅(ちがや)を束ねて輪の形に作った「茅の輪(ちのわ)」を設けたりもします。
茅の輪くぐり」といって、これを三回くぐり穢れや災い、罪を祓い清めていきます。

DSC_0496.JPG
※写真:この日は夏越の大祓(6月30日)で七夕も近かった為参道に短冊が祭られてます



大祓は記紀神話(ききしんわ)に見られるイザナギノミコトの禊祓(みそぎはらえ)を起源として、
宮中においても古くから行われてきました。
国中の罪穢れを祓い清め厄災のない社会を祈念し行われました。

上記のような伝統を受けて、大祓は多くの神社の年中行事として恒例化されています。
すおうさんが記紀神話のお話記事を書いているので、読んでみると面白いかもしれませんね。



DSC_0523.JPG

※写真:大祓詞を奏上



途中に出てきました「修祓(しゅばつ)」についてはまたの機会に。



かしこみかしこみ。



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2012年06月15日

祈祷料の表書きって?

こんにちは、神主のKです。



以前書かせていただいたQ&Aの中にある、

「初穂料は何かに包んだ方が?」

という項目がありました。

当神社ではそのままで大丈夫と書かせていただきました。



が、



実際に書くとしたら何を書くのか?

御祈祷料の表書きは、

初穂料」:はつほりょう

玉串料」:たまぐしりょう

御榊料」:おさかきりょう




特に初穂料と玉串料が一般的に多く使われています。



うん?、初穂料って何ぞ?

はてさて・・・それはまた別の機会で。
posted by 香取神社 at 07:55| 神社所作と知識 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年06月11日

手水の仕方って?

こんにちはッ神主のKです。



皆様、お参りされる時に何を行っていますか?

鳥居の前で一礼したり、手水でお浄めをしたり、

そんなお参りの際に欠かせない「手水」の作法について。



〜まず初めに手水の起源編〜

神社参拝の長い歴史の中で決まってきた作法がありますが、その基本は「心身を清め、神様に対面し、日頃の感謝を捧げ、願いを伝え、神意を聞くこと」にあります。

一礼して鳥居をくぐり神社の境内、「神域」に入ると、参道わきに手水舎があります。

ほとんどは四本の柱と屋根だけの建物の中に、「洗心(心を洗う)」あるいは「浄心(心を浄化する)」といった文字が刻まれた鉢があり、水がたたえられています。

ここで手と口をすすぎますが、これは「禊(みそぎ)」を簡略化したものになります。

※禊とは心身の穢れなどをお浄めする儀式



「古事記」には伊邪那岐命(イザナギノミコト)が死者の国である黄泉の国(よみのくに)から帰って来られた時に、

身に着けているものをすべて脱ぎ、水に浸かって禊祓(みそぎはらえ)をしたことが書かれています。

この行為で穢れを落としたといわれ、禊の起源にもなります。

伊邪那岐命とはどのような神様なのか?

なぜ死者の国である黄泉の国に行ったのか、それは神主のHが書き綴る事でしょう・・・(恋愛要素ありのこうご期待)



さて、

〜手水の作法編〜



@まず初めに手水舎に行きます

@一礼.JPG





A右手で柄杓(ひしゃく)を取り、手水舎の鉢にある水を汲み左手をお清めします
※この柄杓に組んだ一杯の水ですべての作法を行います

A左手.JPG





B次に、柄杓の水を少し使い右手を清めます

B右手.JPG





C再び柄杓を右手に持ち、左の手のひらに水を受けて口をすすぎます
※直接柄杓に口をつけて水を含まないようにしましょう(皆様が御使用になります)


Cくち.JPG





D口をすすぎ終えたら、口をつけた左手を、もう一度お清めします

D左手.JPG





E最後に柄杓を両手で垂直に立て、使用した柄杓自体も清めます
※次に使用する方への配慮という意味もあります


E柄杓.JPG






F元の位置に伏せて手水の作法が済みました


@一礼.JPG




〜手水のまとめ〜

・手水舎の水を使って手と口をすすぐことを「手水を取る(使う)」と言います。

・これは禊を簡略化したもので川や海に浸かって全身を清めることが本来の姿になります。

「今回は手水の作法を書きましたが、これらはあくまで大きな型の一つであって、地域柄やお一人お一人のお気持ちや考えをご優先下さい。」





さてさて、穢れを落とすという手水や禊でありますが、人間が穢れを落としたら何が残るのでしょう?



私の場合は・・・・はてさて。







ツイッター始めました







posted by 香取神社 at 15:21| 神社所作と知識 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年06月09日

神道って?

こんにちはッ神主のKです。



タイトル通り、「神道って何ぞ」と思われた方、いらっしゃいますか?



教典がないことで、神道には教えがないと思われる方もいらっしゃるかもしれませんが、もちろんそんなことはありません。

ただ神道では、文字で記された教えではなく、それぞれの心の内にある良心や真心を大切にしています。

また、神道の神様たちは全知全能の存在ではなく、みなさんが個々に得意分野をお持ちのように、

「商売繁盛なら、あの神様」「受験なら、あの神様」という具合に、その時々に応じて違う神様を自由にお参りできます。



亀有香取神社は武人の神様であります。

御祭神である経津主大神(ふつぬしのおおかみ)と相殿にお祀りされている、

武甕槌大神(たけみかづちのおおかみ)はいずれも武神(闘いの神さま)として古くより崇敬されていたことから、

現在では「何事にも打ち勝つ勝負、開運厄除の神様」「スポーツ振興の神様」として、

また相殿でお祀りされている岐大神(いきおおかみ)は道案内・道を導く神様として「足腰健健康の神様」、

また集落の外部よりの災いを防ぐ「交通、家内安全の神様」として霊験あらたかと広く篤く崇敬されております。



このように神道の神様というのは役割分担をしながら、広くおおらかにこの世界に関わっていらっしゃいます。

そういった神道的な考えを、「戒律」の厳しい一神教の宗教観を持つ方たちに理解してもらうのは非常に困難です。

そして、とても残念な事ですが、時には政治的な問題にまで発展してしまいます。

日本人は神道や神社を宗教としてよりも、日常生活に根差した文化として見てきました。

そのことを、他宗教の方達にも理解して頂ければと願っています。




posted by 香取神社 at 14:41| 神社所作と知識 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年03月21日

a votive tablet of a horse

昼間暖かいですね。

こんにちは、けんたろーです。



亀有香取神社では御祈祷の際に御下がりをお渡ししております。

その御下がりの中に祈願に合わせた絵馬が入っております。

当神社には絵馬掛けが二箇所ありまして、

その絵馬かけ所には御参拝者の願いであったり、志を書かれている絵馬が沢山あります。



今回はそんな、「絵馬(えま)」のお話、お話でございます。




祈願または祈願成就(きがんじょうじゅ)の感謝の証として神社に奉納(ほうのう)する、馬の絵を描いた額のことを「絵馬(えま)」といいます。
絵馬の形は、板の上部を山形にしたものが大半を占め、これにそれぞれの願い事を書いて奉納します。
日本では古くから、神様の乗り物として馬が神聖視され、お祀りや祈願の時には、神馬(じんめ)といって生きた馬を神に奉納する風習がありましたが、その代わりとして、板に馬の絵を描き奉納するようになったのが絵馬の起源とされています。


.。oO(現在の絵馬が本物の馬だとしたら境内は大変なことになりますね・・・)


.。oO(想像してみて下さい、絵馬かけ所の絵馬が馬になった風景を・・・)




絵馬が一般大衆に広まったのは、鎌倉時代以後のことです。その頃から、馬の絵の他にも様々な動物も描かれる様になりました。
さらに時代が下るにつれて図柄は多様化し、病気平癒(びょうきへいゆ)を願う絵馬(例えば目をやんでいる方のために目の絵が描かれている絵馬など)の他に、安産や子育てなどの絵馬が次第に増えてきました。
最近では入学祈願や就職、良縁を求める為の絵馬も増えてきています。



と、絵馬の起源や流れを簡単にまとめると以上の内容になります。




では、当神社にはどんな絵馬があるのかッ!です。


まず

IMG_1471.JPG

写真上:開運厄除絵馬
    干支の描かれた厄除の方にお渡ししている絵馬です

写真下:学業成就絵馬
    説明は不要でしょうか、学業成就の方にお渡ししている絵馬です




次に当神社ならではの、

両さん絵馬

写真上中下:はい、両さん絵馬です。

写真下のセピア色で描かれている社殿と、同じ風景が見えるの場所を探してみて下さい。





次に、

安産絵馬


安産絵馬:安産の御祈祷を受けた方に御下がりにてお渡ししております。




初宮七五三絵馬

写真上:七五三絵馬
    七五三の御祈祷を受けた方に御下がりにてお渡ししております。

写真下:初宮詣絵馬
    先日の記事でも書かせていただきました初宮にてお渡ししております。




当神社の中でも新しい絵馬、

美脚足腰健康絵馬

写真左:美脚絵馬
    美しい脚、夏に向けて今のうちから・・・を願うならコチラ

写真右:足腰健康絵馬
    行動するには歩かねば、足腰の健康を願う絵馬です



さて、馬が描かれた絵馬はありませんが、お気に召した図柄はございましたか?

記念のお品(御守り)としてお持ち帰りしても大丈夫です。

少しずつ暖かくなってきて、ますます参拝しやすい季節になります。


亀有香取神社の神主・巫女一同お待ちしております。





posted by 香取神社 at 17:30| 神社所作と知識 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする